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医学生のお勉強 「クレイジー」な国ニッポンを理解しよう
By 東海大学医学部長・黒川清とゆかいな仲間たち
Chapter6:医療経済 The 43rd week

昨今の医療費自己負担の増加等の議論を聞いていると
いかに医療制度の本質に関わる論点が抜けているかが、
よく理解されるのではないでしょうか

セッションのオリジナルタイトル/Healthcare System and Healthcare Economy


医療倫理と医療経営
上級生: アメリカにいたときに印象に残ったエピソードをご紹介したいんですけど、ある患者さんが退院するときに、「退院と一緒に心臓の薬も処方して出さなくちゃいけない」と言われて、私は何もわからなかったので回診のときに「病院に入院してるときのと同じ薬を処方して退院させます」と言ったら、「その薬はとても高く、患者が加入している保険では払えないから」と言って、医者同士が何が一番安い薬かという話をしているんですよね。安い薬を出さないと患者さんが保険会社から「そんな高い薬を出す病院には行かないでくれ」と言われてしまって、患者さんが来なくなるという事態になるそうです。
 別に安いからといって作用が悪いとか、そういうことはないと思うんですけど。医者もパテントが切れてる薬はどんどん出したい。例えば抗生剤とかはその最たるものです。よく「耐性菌」って、名前くらい聞いたことがあると思うんですが、製薬企業がどんどん新しい薬を開発して、先生に「使ってください」と言って、そうやって使っていくことによってどんどん新しい薬ができてしまって、またどんどん耐性菌ができてしまうから、お金もどんどんかかるという事態はあると思います。でもある程度お金がかけられる限度ができていれば、若干歯止めがかかる気はしました。
井伊: アメリカではHMOの問題があって、まずお医者さんが治療するときに保険会社に電話するっていいますね。こういう治療をしたいけど保険でカバーできるかと。カバーできなかったら自分の思っている治療ができないということで医師も患者も両方がHMOから離れていく人が増えてきている。私はアメリカは自由主義的な競争が行き過ぎた国だと思うし、アメリカのようになってほしいとはもちろん思わないですが、日本の医療は社会主義的なものが強すぎると思うので、もう少し競争的なことを導入したらいいのではないかなと思います。たぶん導入してもアメリカのようにいかないと思うんで。
 競争をどういうふうに導入するか。例えばさっきの混合診療とか。ほかにも一つの例として株式会社化。「みんな株式会社化しなさい」というと問題があるので、そういうふうにいうんじゃなくて、選択ですね。医療機関も株式会社化したいところもあれば、そうじゃないところもある。アメリカでは選択ができても株式会社化している医療機関は1割か2割のようです。「株式会社化する」って、どういうことかわからない人もいると思うので説明します。まず貸借対照表、バランスシートと言われているものですが聞いたことありますか?
司会: 僕は一応アメリカのCPAを持っているので知っています。
井伊: それはすごいですね。貸借対照表は左側に資産があって、右側に負債や資本がある。負債っていうのは銀行からお金を借りるんですよね。銀行からお金を借りると金利を払わなければならない。資本っていうのは株主資本といわれているんですが、普通会社を運用していくときにどうやって資金を調達するかというと、銀行からお金を借りるか、株式を発行してそのお金で運用するか、という2つの方法がある。
 病院の場合は株式会社化することは認められていないので、株主を募って株を売ってお金を調達することはできない。銀行でお金を借りるしかない。「自己資本比率が低い、高い」などはよく耳にする言葉ですが、自己資本とは株式や内部留保などのことです。負債を他人資本といいます。なぜかというと他人つまり銀行からお金を借りてるから。株式会社化が禁止されているということは、他人資本でしか運用できないということですね。他人資本の問題は今の日本みたいに金利が低ければいいですけど、金利が高い場合は5%とか6%とか返していかないといけない。高額な機械を購入するとか、新しい病棟を作るときに高い金利を払わなければならない。そういうときに他人資本だけだとちょっと厳しい。
 株式化を認めるようになると、医療機関にとっても資金調達の手段が増えるし、今の日本では高齢者がかなり金融資産を持っているといわれていて、金利が低いのに銀行とか郵便局に預けている。みんな投資先を探しています。そういうときに近くの病院が株式化して、株主優待とかできたら、例えば全日空の株主になると全日空に乗るときに割引になりますが、もしその病院の株主になって株主優待券をもらったら、お医者さんに30分無料で診てもらえるとか、けっこう病院に投資したいと思う人がいるんじゃないかなって思うんですよね。
 実際病院を経営しているお医者さんで医療経営に長けている人は、「株式化をぜひ認めてほしい」って言っている。でも株式化することはできない。病院は営利的な目的で経営してはいけない。医療は非営利じゃなきゃいけないといわれているからなのですが、今だって院長とか理事長とかが利益を分配されているわけですから、それを株主に配当という形で分配してもそんなに違わないんじゃないかなあ。株式を発行するときには財務諸表を公開しなければいけないので、それはすごい情報公開ですよね。そういう情報公開できる病院にはぜひ投資したいとか。投資までしなくてもそういう病院だったら信頼できると思って行く人も増えると思うし、そうやって儲かると病院もいいお医者さんを連れてきやすくて、ますます繁盛する。営利に走って評判が悪ければ患者さんは離れていくし。
――: アメリカでは医師以外の人が病院を経営することはできるんですか?
井伊: できます。日本はできないんですよね。
――: アメリカにいたときの知り合いのご主人が精神科のお医者さんで、私が「お医者さんになる」と言ったら、彼から「なんで? 自分が選ばなければ本当にいい職業だよ」と言われて、「どうして?」と言ったら、「今の病院の経営者が全部のマネージメントの権利を持っている人なんだけど、医療で何が大切かわからなくて、人件費を抑えることばかり考えていて、本当に働きにくくなった」という話をしていて・・・。
 もう1人別の友達はアメリカの大学に行って、その後にメディカルスクールに行くか、あるいはビジネススクールに行くか迷ったときに、「医者はこれからの時代、経済的生産性がグッと落ちてくるから、私は医者をマネージするほうを選んだ」と言って、ビジネススクールに進んだ。そういう風潮はアメリカでちょっとある。
井伊: スタンフォードの医学部でも医者になる人がほとんどいない学年があって、シリコンバレーが近いからベンチャー関係に行く人がけっこういるそうですね。スタンフォードはビジネススクールも強いからそういう雰囲気がある。そこまでいくと極端な話だと思うけど、日本でももう少しお医者さんが医療経営とか勉強すればね。
司会: ちょっと話題からそれますが、アメリカの医学部は最近MBA‐MDというジョイントプログラムをたくさん作っていますね。普通メディカルスクールが4年ですよね。MBA‐MDではその間にビジネススクールがあってさらに2年加わる。こんな両方やっちゃおうというプログラムがスタンフォードやUCLAをはじめ、前に調べたら30校くらいあってだいたい有名どころはみんな持ってる。
井伊: 前回、医療過誤について議論をされたようですが、黒川先生と一緒に論文を書かれている児玉安司先生はそうですが、アメリカではお医者さんで弁護士の資格を持ってる人が増えてますね。これからは医者の資格だけではなくて、ほかの資格もあれば国際競争力がつくと思うのですが、今の日本の現状だとその甲斐がないですね。社会主義的な制度だから。アメリカみたいにあんなにビジネスを前面に出してしまうのも寂しい気がしますが。お医者さんのほうもやりたい治療ができないし。
――: お医者さんじゃないとわからない「ここは削ってはいけない」ってことが、絶対にあると思うんですよ。
司会: 別々な人がやるからこそいいんじゃないの?
――: そうかなあ。別々の人がやって、経済効果を追求するあまり、医療の質が落ちてしまうことが心配・・・。
司会: 先生のメールの中にあった「産業としてとらえる」というのを、「ビジネスとしてとらえる」といったほうがもうちょっとわかりやすいのではと思うんですね。医療をビジネスとしてとらえるといったら、いろいろと反対意見がでてくると思うんです。でも僕は先生へのメールの中に書いたんですけど、ビジネスとしてとらえることと、医療倫理を無視してお客さんからお金をむしり取ることはまったく別の話だと思う。だいたいそんな企業ってつぶれますから。ビジネスそのものとビジネス倫理とをごっちゃにして話してることが多いなあ、と感じてます。
――: 僕もメールで書いたのですが、まず病院経営ということに対して、本音と建前の二重性があって、当然の結果かもしれないけど、ちゃんと儲けてる人は儲けてる。例えばお医者さんでベンツに乗ってる人はけっこう多いと思うけど、そういうことがあるのに、一方の倫理性だけを声高に言っている。
 病院経営について一つの例を取り上げても、それに対して感覚論、感情論で終始していると、実体が見えてこない。全国の医者がどうなっているのか、もっと全体を見てみる。まずその大前提があると思う。これは結論でもなんでもないけど、そこの部分を自分たちの中でストップしないと水掛け論みたいになってしまうテーマではあるかな? って思います。
司会: 先生が送ってくださったこの「アリゲーニ大学はなぜ倒産したのか」(資料4)の9月27日のところ、「病院経営は回り続けるコマ」という章があって共感したんですが、非営利病院の典型例である医学部付属病院が利益を出してはいけないということではない。出資者に利益を配分してはいけないということだけであって、利益によって病院をますます充実させていかなければならないということ。なんで病院が存在しているかと考えると、そこに病気の人がいて、ケガした人がいて、その人たちに医療サービスを提供するためであって、それが経営的に破綻しては本来の目的を果たせない。なるほどなあと。
井伊: 医療や福祉の分野で初めて営利目的が認められた分野は介護です。みなさん聞いたことがあると思いますが、今はかなり下がりましたがコムスンの株価は一時話題になりましたね。
――: じゃあ日本の現実はどうなっているのか、というのを僕は見たくて。でもほとんどの病院はつぶれかかっているそうだし、一方で医者は目をつぶっているというし、どれが本当かわからない。

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